都会の真ん中に、ポツンと古いお店が残っていたりする。そういうお店がなんとなく気になる。中はどんな様子なのだろう、品揃えはどうなっているのか、店主 は頑固なおじいさんだったりするのだろうか、などなど。そして、一度気になり出したら止まらない。きっとびっくりするような骨董品が眠っているはずだ。 主に映画「グレムリン」のイメージである。 というわけで、以前から気になっていた古い時計屋さんに入ってみることにした。JR山手線、五反田駅前にあるお店だ。 JR五反田駅東口 以前、五反田駅前に事務所を構えていたことがある。東口を出て徒歩2分。立地条件は最高だったが、僕はお店をやっている訳ではないのでそこまで駅前にいる 必要がないことに途中で気づいた。駅前ということで家賃も高かったので、今の場所に移転したのが2年前。五反田とも縁が薄くなってしまったが、まだあの時 計屋さんはあるだろうか? |
気になっていた時計屋さん あった。 あっさりとあった。 そういえば五反田駅の東口は中々再開発されない、という話を聞いたことがある。どういう事情があるのか分からないが、とにかく東口は今も昔の姿を残している。 駅構内に1973年に撮影されたという五反田駅東口の写真が飾ってあった。 1973年当時の五反田駅東口 確かに今とそんなに変わっていない。この写真にあの時計屋さんは写っていないが、きっと1973年当時も今の場所で商売をしていたはずだ。 どんな店主さんなんだろう? 怖い人じゃければいいが…。 半分シャッターが閉まっている店内に入ってみる。 半分シャッターが閉まっている 店内に入ると奥の方に初老の店主が座っていて、こちらの方を不思議そうに見ている。長年お店をやっていると、買いに来た客かそうじゃないのか、一瞬で分かってしまうのかもしれない。 早く用件を伝えなければ。 気になっていた時計屋さんの中 テレビで話題のメガネふき you 恐らく木久蔵時代のお仕事 思い切って店主さんに声をかけてみた。 「このお店で一番古い物を見せていただけますか?」 店主さんにお願い 店主さんは相変わらず不思議そうに僕のことを見ている。そりゃそうだ。ここは時計屋さんで、普通の客は新しい時計を買い求めにやって来る。「一番古い物」と頼む客なんていないだろうし、正確に言うと僕は客じゃない。 もう少し説明が必要だと察して、補足してみた。 「僕は古い物が好きでして、こうやって長年ご商売をされているお店だったら古い時計が残っていたりするのかなぁ、と」 こちらの必死さが伝わったのか、店主さんは「古い時計?」と言いながら立ち上がって奥の部屋に入っていった。古い時計を持ってきてくれるようだ。 奥から時計を持ってきてくれた 店主さんは時計とハタキを僕に渡してくれた。 ハタキ? 「埃をかぶってるから、外で埃を落としてくると良いよ」 相当古い時計のようだ。 僕は時計とハタキを持って店の外に出た。 お店の外で 時計の埃をはらう 埃を落として再び店内に。 店内で改めて見ると、確かにグッと時代を感じる時計である。僕が子供の頃、どこの家にもこういう時計があったような気がする。 店主さんが出してくれた古い時計 「これは、どれくらい前の時計ですか?」 店主さんはしばらく考えた後、はっきりと「分からない」と答えた。思い出せないくらい古いということだろうか。 「修理を頼まれたまま、ずっと受け取りに来てないんだよ」 その修理の依頼がいつ頃だったのか、全然思い出せないのだ。 「奥に、もっと古いのが掛かってるよ」 と、店主さんが奥の部屋に案内してくれた。 奥の仕事部屋 以前はこの部屋で時計の修理をしていたが、今は修理の依頼を受けていない。 「クオーツ時計になってからは、私たちの出番がなくてね。故障したら基盤ごと取り替えだから。お店では修理出来ないんだよ」 ゼンマイ式の時計が主流だった頃は、全部分解してからベンジンで洗って油を注して、というような作業をこの場所で行っていたのだとか。 そんなかつての仕事場に、古い時計が2つ掛かっていた。 古い鳩時計 船舶用の時計 どの時計も止まっている。医者の不養生みたいなことだろうか。 この2つの時計も、修理を頼まれたままこの店に残った品物なのだそうだ。 |
【メガネの取扱いもあるよ】 表の看板に、「時計、メガネ、宝石」とあるように、この時計屋さんはメガネも取り扱っている。 「あんたは知らないかもしれないけど、昔は時計屋はメガネ屋とレコード屋を兼業してたんだよ。レコードなんて知らないだろ?」 いや、僕はそんなに若くない。レコードからCDに変わったのは、僕が中学生の頃である。 「あのほら、78回転とかで回るレコードの針を売ってたんだ」 僕は78回転というレコードを知らなかったのだが、SP盤というレコードは78回転を使っていたのだという。いずれにしても、今のようにCDがまだ出回ってなかった時代、時計屋さんでレコード針を売っていたのだ。 現在、レコード針は売っていないが、メガネは販売している。 紳士用フレーム 昭和を感じさせるフレームデザイン メガネを販売しているくらいなので、検眼機も用意されていた。 店主さんが座っていた椅子がそれだ。 検眼機を椅子代わりに使用 メガネ専門の大きなチェーン店が出来て以来、このお店で検眼をしてメガネをつくるお客はいないのだとか。なので、長い間この検眼機は使われていない。 無理を言って検眼をお願いしてみた。 久しぶりに検眼機を稼働 検眼機に座ると、前に大きな鏡が見えた。 前に大きな鏡 「お店が狭くて距離が取れないから、前に鏡を置いてそこに写ってる視力表を見るんだよ」 なるほど、だから椅子の後ろに視力表があったのか。 鏡に写る視力表で視力検査 素晴らしい工夫が施された検眼システムではあるが、今は店主さんの椅子になっている。 年季の入ったメガネ洗浄機 |
【気になる時計が…】 お店に入ってから、ずっと気になっていた時計があった。 左側の時計が気になる レトロな雰囲気があって、とてもオシャレだと思うのだ。あの時計は売り物なのだろうか? 店主さんに聞いてみると、あれも長年受け取りに来ない修理品なのだという。 「手に取って見てみたら良い」 店主さんがにこやかに言ってくれた。 気になる時計を手に取ってみる 手に取ってみて、改めてオシャレだと思った。製造年月日をみると、今からちょうど20年前に作られたものである。 オシャレだ 良くみるとスピーカーも兼ねているようで、アンプと繋げば時計から音楽が出る仕組みである。 「これって、いくらですか?」 と、店主さんに聞くと「いくらでも良いよ。好きな金額で」と返された。いきなりフリーマーケットのような展開になってしまった。こういう時、いくらと言うのが妥当なのか、全く見当がつかない。 しばらく考えた後、やっぱりこの時計を譲り受けるのは止めることにした。 もしかしたら、修理に出したことを思い出した依頼人が受け取りにくるかもしれないからだ。 というのは、後から考えた格好良い言い訳で、店主さんに「これ、修理して動くようになったんですか?」と聞いたら「分からない」と言われたからだ。 また遊びにいらっしゃい 時が止まったかのような(という言い方は失礼ですが)時計屋さんで楽しい一時を過ごすことが出来た。 最後に、いつからこの場所でお店をやっているのか聞いてみた。 「終戦後から、ずっと」 と、店主さん。店主さんは二代目で、先代がこの地に時計屋さんを開業して以来ずっと、五反田の駅前で時計とメガネを売っているのだ。 よく分からないけど、僕もがんばろう、と思った。 (2010/1/25 住正徳) |