スミマサノリ「月曜日にオジャマシマス」

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バス停で僕の前に並んでいた少年が振り返ってはにかんだ。

どこか見覚えのある少年だった。誰だろう? ここ最近の記憶を振り返ってみるが思い出せない。知り合いの知り合いの子供とか、それくらいの関係かもしれない。とにかくこの少年を見るのは初めてじゃない。

少年はズボンのポケットから紙切れを取り出した。しわくちゃになったその紙切れを照れくさそうに差し出す。

「ん? どうしたの?」

僕が聞き返すと少年は紙切れを差し出したまま下を向いてしまった。

「これ、僕にくれるの?」

少年は下を向いたまま黙って頷いた。野球帽を被っているので帽子のツバで顔が隠れてしまっている。古い中日ドラゴンズの帽子だった。水色地に「CD」の文字。今時こんな帽子被ってる子供なんて珍しい。

「中日好きなの?」

少年は大きく首を横に振った。

「だって、これ、中日でしょ?」

少年はもう一回首を横に振ると、紙切れを僕に近づけてきた。あ、そうか、これを僕にくれるんだったね、ありがとう。僕はそう言って紙切れを受け取った。しわくちゃの紙を広げると、子供の字でぎっしりと何か書かれている。ざっと読むと何かの作り方のようだった。

「へぇー、何が出来るの?」

紙切れから視線を上げると、少年は僕の前から消えていた。辺りを見渡してもどこにもいない。ちょうどバスが来たので紙切れをポケットに押し込んでバスに乗り込んだ。同じマンションに住む子供だろうか。やっぱり思い出せない。





酔って家に帰ってきた。かろうじて終電には間に合ったが、かなり深酒をしてしまった。今日はお風呂に入るのをやめてさっさと寝てしまおう。フラフラしながら服を着替えていると、スーツのポケットから紙切れが落ちた。数日前、バス停で少年からもらった紙切れだ。






ん? いま、おもしろいものがつくれる……、酔って焦点が定まらないまま、紙切れの文字を追う。

材料が…、いらないコップ、せんたくのり、しお……。酔った勢いにまかせ、僕はキッチンを探った。コップと塩、わりばりにせんたくのり。

材料を揃え、少年の紙切れに書いてある手順を踏む。酔ってはいるが子供が書いた事くらいは理解出来る。一体何が出来るのか。年甲斐もなくわくわくしている。もしかしたら凄い発明なのかもしれない。明日も早い事を忘れ、「おもしろいもの」作りに没頭した。





30分後、少年の「おもしろいもの」が出来上がった。

スライムだった。

テーブルの上の半透明な物体を見て、僕はため息をついた。
時計を見ると深夜の2時を回っている。明日も早いのだ。

ふと我に返り部屋の電気を消してベッドに入った。

なんで夜中にスライムなんか作っていたのか。貴重な睡眠時間を削られた苛立ちはあの少年に向いていた。今度見かけたら文句を言ってやろう。「おもしろいもの」とかもったいぶった事言わずに、最初から「スライムのつくりかた」って書いといてくれたら良かったのだ。





夢の中で、僕は再びスライムを作っていた。コップの中の洗濯のりを一心不乱にかき回している。

そして目の前には死んだはずの母がいる。
僕が洗濯のりをかき回す姿を見つめている。

「おもしろいものが出来るんだよ」
「へぇ、楽しみだね」
「何が出来るかは内緒」
「教えてくれないの?」
「うん、ダメ」

洗濯のりをかき回している僕は、小学校2年生だった。
母は夕食の支度を途中でやめて、僕の工作につき合っている。

「出来た!」
「どれどれ」

僕は手の平にスライムを乗せて母に差し出した。母は目を丸くして驚いた。

「すごいだろ」

母にスライムを渡した。母はスライムを右手から左手に移し、ケラケラと笑った。

「これ、おもしろいねぇ」
「スライムだよ」

スライムで遊ぶ母を尻目に、僕は作り方のメモ書きを手に取って玄関にへ向かった。

「どこ行くの?」
「みんなに教えてやるんだ」
「遅くなっちゃダメよ」
「分かってる」

下駄箱の上に置いてあった野球帽を被って外に出た。
水色地にCDのマークが刺繍された、中日ドラコンズの帽子だった。





いつもより15分遅く目が覚めた。まずい、遅刻だ。
30代も半ばにさしかかると前日のお酒が残って辛い。慌てて顔を洗い、着替えを済ます。朝食を食べている暇はない。

テーブルの上には夕べ作ったスライムがあった。半分くらい溶けてしまっている。のりの量が少なかったのかもしれない。今度はのりの量を増やしてみよう。バス停に急ぎながら、そんな事を考えていた。


(2008/3/24 住正徳)

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