かつての渋谷公会堂はサントリーにネーミングライツを売ってCCレモンホールとなった。急に名前が変わってしまい戸惑いはあったものの、きっと時間が経つにつれ、CCレモンホールはCCレモンホールとして親しまれていくに違いない。名乗ってしまえばやがて周囲もそれを認めてくれるのだ。僕にはそんな大それた事は出来ないが、生活レベルでネーミングライツを買う事は可能かもしれない。例えばレストランのメニューに自分の名前がついた料理を加えてもらうのだ。友人を食事に誘って入ったお店に、自分の名前がついたメニューがあったらどうだろう。「あれ? メニューの中にお前の名前があるじゃん!」と友人は驚き、きっと僕を見る目が変わるはずである。 近所のお店で交渉してみた。 |
【行きつけの中華料理店で交渉】 香酒縁さん 事務所の近所にある中華料理店でネーミングライツの交渉をしてみる事にした。お店の名前は「香酒縁」といい、昼も夜も多くの常連客で賑わう繁盛店だ。もし僕の名前をメニューに加えてもらえたら、相当数のお客さんの目に触れる事になる。その効果は計り知れない。 店を取り仕切る何(か)さん 香酒縁を取り仕切る、何(か)さんに相談を持ちかけた。何さんは台湾出身の28才で、とても愛想が良い。道ばたですれ違うとお互いに笑顔を交わすくらいの仲である。何さんなら今回の話に乗ってくれるに違いない。 お店のメニューを開き、早速相談してみた。 香酒縁のメニュー ここに僕の名前を加えてください 住「このお店の中に、住正徳という料理を加えて欲しいんですけど」 何さん「え? なに? どういう事?」 住「例えば、僕が大好きなイカの一夜干しがあるじゃないですか」 何さん「うん、それを?」 住「それの名前を住正徳にして欲しいんです」 何さん「え? 意味が分からない」 住「えっと、僕の名前は住正徳なんですけど」 何さん「うん、知ってるよ」 住「その名前をイカの一夜干しにつけて欲しいというお願いでして」 何さん「メニューに住正徳って書くってこと?」 住「そうですそうです」 何さん「イカの一夜干しはどうなるの?」 住「イカの一夜干しってメニューはなくなって、その代わりが住正徳になるんです」 何さん「お客さんに、これ何?って聞かれたらどうすんのよ?」 住「その時は、それはイカの一夜干しです、って答えてもらって」 何さん「そんなのお客さんには分からないよ」 住「分からないですかねぇ」 何さん「だって住正徳はイカの一夜干しじゃないでしょ」 住「まあ、そうですけど。ほら、渋谷公会堂がCCレモンホールになったようなもので」 何さん「渋谷公会堂? なにそれ?」 住「えーと、渋谷にあるコンサートホールなんですけど…」 こういうやりとりが10分ほど続いた。 いつもは笑顔な何さんの顔が徐々に曇っていくのが分かる。何だかまずい雰囲気だ。 ちょっと話題を変えてみよう。 …… 住「ところで何さん、このお店には料理が沢山ありますね」 何さん「うん、沢山あるよ。300種類以上あるから」 住「そんなにあるんですか!」 何さん「うん、メニューに載ってないものでも何でも作るよ」 住「作れないものはない」 何さん「そう、作れないものなんてないよ」 住「だったらイカの一夜干しをですね、住正徳に」 何さん「だからそれは意味が分からないよ」 住「うーん、何て言うんでしょう。CCレモンホールも最初は違和感があったと思うんです。でも、ずっと言い続ければみんなも分かってくるんですよ」 更に交渉を続けてみたが、結局、何さんの理解を得る事は出来なかった。 仕方ないのでとりあえずイカの一夜干しを作ってもらう事にした。 厨房にイカの一夜干しをオーダーする何さん 調理担当の許(しゅう)さん イカの一夜干しを作り始める許さん |
【強攻策に出る】 イカの一夜干しが出来上がって来るまでの間、次の作戦の準備に取りかかった。交渉が決裂した時のために、用意しておいたものがあるのだ。 それは、 壁の写真つきメニューの中に 自分の写真と自分の名前を 貼ってしまう、という作戦だ 壁に貼ってあるメニューのサイズを事前に計測していたのだ。 他のメニューに混ざってしまえばしばらくの間は気付かれない、作戦である。多くの人の目に触れる事が目標であったはずが、気付かれないように、というネガティブな方向にシフトしてしまった。しかし、何さんに納得してもらえなかったのだ。残された手はこれしかない。 住正徳を注文る住正徳 住正徳を待つ住正徳 そして、何さんが「住正徳」を持ってやって来た。僕があきらめたと思い、何さんはいつもの笑顔に戻っている。壁のメニューには気付いていない。 住正徳 480円 これが香酒縁の住正徳である。レモンをたらし、マヨネーズをつけて召し上がれ。 住正徳を食べる住正徳 住正徳をつまみにビールを一杯、仕事後にはこれがたまりません。 |
最後まで気付かない何さん 最後まで壁のメニューに気付かれなかったので、そのままにして帰ってしまおうかと思ったが、香酒縁に二度と行けなくなるのは悲しいので、やっぱり剥がした。 今回は失敗に終わってしまった料理メニューのネーミングライツであるが、今後も、色々なお店で交渉を続けていきたい。 【取材協力】 香酒縁 東京都品川区東五反田5-27-6 (2008/1/21 住正徳¥480) |